
小松線 小松駅:車両は全てモハ3000(1〜5)3005は事故で大破 車体更新。



上:小松駅横にあった小さな木造車庫 下:駅付近の踏切にて
小松線:小松から鵜川遊泉寺まで5.9kmの600V路線、1986年5月31日廃線。


若杉駅:周りは何もない、バックに聳えるのは白山連峰。車両はモハ3003(1949年 日本鉄道自動車工業製)端正なスタイルで好ましい戦後標準型電車、3004だけは前面窓はHゴム化されず、オリジナルを保っていた(上 車庫内写真)


浅野川線 七ッ屋駅:木造の検車庫跡。2001年 金沢駅地下化のため移転。



石川総線 西金沢駅 上:モハ3700形 3703 下:ED30型 ED301
3703は元名鉄のモ700形(1927年 日本車輌製)貫通扉が付き原型を留めない、昭和53年廃車。富山地鉄 射水線の翌日1980.1.3訪問。寒さが堪えたのか、道中の事は殆ど覚えていない...
この記事へのコメント
ナツパパ
懐かしいなあ、真っ直ぐに延びた線路が印象的でしたっけ。
当時は、なんの変哲もない電車と思っていたのですが、お写真を拝見すると、
なんとも言えず良い味わいですね。
北陸鉄道が、今や石川総線と浅野川線ですか。
一度行ってみたいです。とくに「加賀一ノ宮駅」がある間に。
樋口
8年程前ですが某電話会社に奉職しておりました頃3ケ月程松任で仕事してました。
一応土日は休みだったんですがホテル住まいじゃなんもする事無くて結局いつも温泉三昧。
その頃JR金沢駅の少し右側に有った北陸鉄道の金沢駅から電車に乗って何度か内灘温泉に通ったもんですが駅から温泉迄バスが有るものの何故かいつも接続が悪く温泉迄徒歩で行って大汗かいた後茫洋とした日本海と鉛色の空を眺めながら漬かる温泉もマタ格別でしたね。
ついでですが去年仕事で弘前に行った折JRで行けば良いものを態々弘南鉄道大鰐線に乗り換えて大鰐温泉に行ってきました。
車内を眺めておりますとつり革に「渋谷東急百貨店お好み食堂」のロゴが入ってました。
多分東急さんから譲り受けた車両だったんでしょうね・・・思わず手持ちのデジカメで「パチリ」。
旧き良き車両を大切に使う地方の私鉄って何だか117に通じるマインドが有ります・・・よね?
で?弘南鉄道の写真も持ってるでしょ?もしかして?
gop
ナツパパさんが仰る通り、80年代までこんな変哲も無い鉄道(失礼..(^^;)
日本全国何処でも見られたものですが、あっと言う間に無くなりましたね。
「一ノ宮」の名称が付く駅の入場券を集められていらっしゃるそうで。
http://blog.so-net.ne.jp/08091160825/2005-02-08
私も硬券の頃は良く買ってました。今の入場券、駅名入っていましたっけ?
gop
色々行かれてますねぇ。松任には国鉄松任工場がありましたっけ。
内灘に行く浅野川線は今元京王井の頭線の3000系が走ってますよ。
http://omotetsu.web.infoseek.co.jp/shounan/htmlFolder/shounan050602.htm
弘前鉄道はmasa117さんが撮られてます、私は見るだけで乗った事無し..
http://makabe.web.infoseek.co.jp/Nippon/Touhoku/Kounan%20Samnaile.htm
車両は元東急の7000系かな、ステンレス車は長持ちしますね。
117もステンレスにして頂きたかった(^^
’80XE PA96E
田んぼに覆われ、駅舎がポツンと建ってますね。私の両親の実家に向かう途中にも似たような駅がありましたね。旧予土線(宇和島ー江川崎)のたぶん二名駅だったかな。
四国はまだまだローカルな列車が主力で走り、1両編成も走ってるので似たような風景を見れるかもしれませんね。
gop
いつもコメントありがとうございます。
風よけ程度の小さな駅舎、踏切には遮断機も無さそう。真直ぐ続く線路の
先には雄大な山々、この様な風景も見る事が少なくなりましたね。
今日はこの訪問からさらに6年前の小松駅の情景を載せてみました。
これもついこの間の出来事と思うのですが。32年前です。